Okamoto Ladies' Clinic

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(2022年新着情報)

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(2022年各種案内)

令和4年度診療報酬改定(2022年3月)

外来予約(2022年2月)

本年もよろしくお願い申し上げます(2022年1月)

オリンピックの4位(2022年3月)

君の街から本屋が消える(2022年2月)

新春雑感(2022年1月)





NEWS
(2021年新着情報)

令和4年度診療報酬改定(2022年3月)

令和4年4月1日に診療報酬が改定されます。
それに伴い、保険分のご負担と自費分の費用も一部変更されます。

明細書などに疑問な点がありましたら、遠慮なくスタッフにお尋ねください。

(画像クリックで拡大します)

 

外来予約(2022年2月)

当院の外来診療は予約制になっています。予約なしで受診される場合は、待ち時間が長くなる場合があります。

予約されていても、諸事情により予約時間に診療できないことが多々あります。申し訳ありませんが、ご理解お願いいたします。

 

 

 

 

本年もよろしくお願い申し上げます(2022年1月)

令和4年(2022年)が始まりました。

本年もよろしくお願い申し上げます。

 

 

 



TOPICS
(2022年各種案内)

オリンピックの4位(2022年3月)

 今から50年前の1972年(昭和47年)2月6日、札幌冬季オリンピックの70メートル級ジャンプ(宮の森)で、笠谷幸生選手、金野昭次選手、青地清二選手の「日の丸飛行隊」が金・銀・銅メダルを独占した。冬季五輪での日本の金メダル獲得はこれが初めてで、子供だった私は歓喜し、2月11日の90メートル級ジャンプ(大倉山)に思いを馳せた。下馬評では、笠谷の二冠とか、金野の方が金メダルに近いとか、言われていた。結果、1回目に2位につけていた笠谷は2本目に横からの突風にあおられて7位、これが日本選手の最高位であった。私は大いに落胆し、暫く福知山の街を彷徨った。他の日本国民も、私と同じ気持ちだったろう。(知らんけど。)

 あれから50年、Japan as Number Oneと思い思われた時代を経て、日本の国力、経済力は翳りを見せている。(元より政治力、外交力は無かったが。)自然科学の分野でも、現在の所はノーベル賞を多数輩出しているが、これらは過去の遺産であり、将来は激減すると言われている。人口もどんどん減っていき、一体日本はどうなるのだろう、と思ってしまう。しかしながら、economic animalと呼ばれブイブイ言わせていた頃と今と比べると、どちらが日本人の民度が高いであろうか。言うまでも無く、今の方が成熟した国民になったと言える。日本選手がオリンピックでメダルを取れば勿論嬉しい、況んや金メダルをや。でも、一発勝負の本番で、予期せぬ失敗、風などの不可抗力、不可解な判定などにより、実力より下の順位に沈むことがある。結果の解析や今後の改善などは大事な事だが、失敗した結果を以て、選手やコーチを非難する日本国民は少ない。今回の北京冬季オリンピックでは、小林陵侑選手がジャンプノーマルヒルで金メダル、ラージヒルで銀メダルの快挙であった。ラージヒルでも当然金を期待していたが、2位に終わっても素晴らしいと思えた。

 オリンピックメダリストが誕生する中で、あと一歩のところで、メダルを逃した選手がいる。オリンピック4位。世界のベスト4、でもメダルはもらえない。

 既にレジェンドであるフィギュアスケートの羽生結弦選手、スノーボードHPのショーン・ホワイト選手の4位はまさに絶妙であった。勿論、二人とも金メダルを目指していただろうし、前者の金、後者の平野歩夢選手に次ぐ銀を私も期待していた。羽生がSPで8位になった時点で、総合4位になると私は予言して、結果ちょっとだけ妻に褒められた。ネーサン・チェン選手の金は確定的だったし、鍵山選手、宇野選手の銀・銅で良かったと思う。ショーン・ホワイトが平野ら後輩のメダリストを祝福するシーンもとても絵になった。

 女子モーグルの上村愛子さんのオリンピックの成績は長野7位、ソルトレイクシティ6位、トリノ5位、バンクーバー4位、ときて次は3位以上のはずだったのに、ソチでも4位だった。自身もシドニー五輪背泳200mで4位だった萩原智子さんは、“しかし上村愛子選手がオリンピック5大会連続入賞をしている現実を忘れてはいけない。競技復帰すること、世界トップで戦い続けることがどんなに難しいことなのか。メダルには届かなかったが、ベストパフォーマンスをした上村選手。最後の最後、笑顔で「すがすがしい気持ち。」とインタビューで答える彼女の姿が、誰よりも輝いて見えた。どんな状況でも環境でも、守りではなく攻めの姿勢で、チャレンジした彼女から沢山のことを教えてもらった。「ありがとう」と伝えたい。”と語っている。(ほんまそれ。)そういえば、上村さんの御主人の皆川賢太郎さんもトリノ五輪のスキー回転で3位と0.03秒差の4位だった。

 オリンピックのメダル(2014年2月)にも書いたように、ソチ五輪で女子スキージャンプの高梨沙羅選手は圧倒的強さで「金メダル確実」と言われたが4位だった。平昌で銅メダルを獲得したが、北京では個人4位、混合団体はご存じのように1回目飛躍の不可解な失格で4位だった。しかしながら、ワールドカップでは現時点で男女通じて歴代最多の63勝、スキー界で最も権威があると言われるホルメンコーレン・メダルをノルディック複合の萩原健二さん、ジャンプの船木和喜さん、葛西紀明さんの日本人レジェンドたちと並び、受賞している。そういえば、King of Skiと呼ばれた萩原健二さんもオリンピックでは団体で2個の金メダルを取っているものの、個人ではリレハンメルと長野の4位が最高である。

 オリンピアンというだけで凄いことである。まして、オリンピック・メダリストであれば、一生その肩書きで呼ばれる。でも、オリンピックだけが試合ではない。マラソン15戦10勝の瀬古利彦さんは、オリンピックに限ると、金メダル最有力であったモスクワ五輪は西側諸国のボイコット、ロサンゼルスは14位、ソウルは9位と残念な結果に終わっている。でも、本人やライバルたち、そして世界中のマラソンファンが、瀬古は世界一の実力者である、と認める時代が確かにあった。彼に限らず、オリンピック・メダリストでなくても、人の記憶や心に残る選手はいっぱい存在すると思う。

 

君の街から本屋が消える(2022年2月)

 四条通の「ジュンク堂書店京都店」が惜しまれながら無くなり、四条烏丸の「大垣書店四条店」も昨年の10月に閉店した。「大垣書店京都本店」が2019年3月にすぐ近くの京都経済センター1階の「SUINA室町」にできたので、この移転統合はやむを得ない。四条店では、入口近くに設けられていた特集コーナーの本を外商カードを利用して買っていた。閉店のニュースは娘から聞いた。妻と同様に、阪急京都線と地下鉄で10年間烏丸今出川の同志社キャンパスに通っていた長女にとって、「大垣書店四条店」は本や文房具を買っていたお店であったが、今は「大垣書店京都本店」がお気に入りである。

 我々世代なら京大生の時分に必ずお世話になったことがある書店が京大正門前(吉田神社前)にあった。京都大学新聞の「京都ナカニシヤ物語 教科書販売書店の系譜(2010.6.16)」によると、“ナカニシヤ書店の歴史は、昭和3年(1928年)に始まり、平成2年(1990年)に終わる。旧制三高、京大の学生・教官に一番利用された書店であり、1960年代後半の大学紛争時代には、衝突で怪我をした学生の救護所が書店内に設けられ、従業員が怪我をした学生に包帯を巻いたこともあった。キャンパス内では会議を学生に妨害されるため、場所に困った教授たちが書店の二階でこっそり集まり、教養部の教授会が開かれたという逸話もある。1950〜60年代に京都で書籍売り上げ3位を誇ったナカニシヤ書店だが、昭和の終わりごろになると暗転する。本の小売で京大生協と価格競争に発展したためだ。生活協同組合は再販制度(定価販売の制度)を順守する義務を負わないため、定価から割り引いて販売することができる。加えて全国組織の生協は大量仕入れで単価を抑えられるため、価格競争が進むとナカニシヤ書店は経営が苦しくなる。ついに80年代末、閉店を決めた。” たまたま東一条通を通りかかった際に、ナカニシヤ書店が無くなり写真館のビルが建っているのを見た時には驚いたが、確かに同じ本が10%安かったらみんな生協で買う、と思う。しかしながら、サロン的雰囲気があり、“初めてナカニシヤで見つけた本が、今の自分の研究分野につながっています”と惜しむ教授たちが何人もいたため、中西兄弟は「ショックを受けた」そう。苦しくても続けていれば…そんな思いに駆られたという。”から、貴重な存在だったのであろう。(そういえば、以前に跡地の「中尾写真場」で家族写真を撮ったことがある。)

 かつてよく行っていた河原町通の駸々堂書店、オーム社書店も撤退して久しい。皆に親しまれていた店が無くなり、新しい店がオープンするのは、どんな業態でもよくあることだ。ただ、店舗数が保たれるためには、新規開業がないと…。

 書店調査会社のアルメディアによると、2000年に21,654あった書店が、2020年には11,024に減少している。確かに、AMAZONで買えばすぐに家に届くし、重たい本を持ち運ばなくても良い。でも、実際に書店へ行くと、新しい発見が必ずある。それは、自分の専門分野かも知れないし、未知のジャンルかも知れない。本屋は文化の発信地であり、私たちを新たな世界へ連れていくパサージュに繋がるドアなのである。だから、地域の書店は本当に大事にしたいものである。

 

新春雑感(2022年1月)

 近年の福知山はあまり雪が降らず、車のスタッドレスタイヤも不要なくらいでしたが、一転今年は雪のお正月でした。姉夫婦が長女、次男と一緒に雪の中、車で福知山に帰省し、楽しく過ごしました。今年こそ、日本や世界の状況が好転しますように。

 

 

 

 私は掃除機をかけるのが好きです。スリムなコードレス・スティック・クリーナーは、手軽でお掃除時間の短縮ができ、とても良いと思います。しかし、キャニスター掃除機も捨てがたく、2回に1回は使ってしまいます。2018年にジェームス・ダイソンは日本でのスティック型掃除機ダイソンV10の発表会で“私たちは掃除機の未来像を作り上げた。今後、コードレス以外の開発は行わない!”と宣言しているので、dysonの新しいキャニスター掃除機はもう目にすることができないのでしょう。自動車が内燃機関からBEVに変わっていくように。

 福知山の自宅の1階倉庫に第2リビングルームを作ってみました。京都岡崎のスケルトン・リフォームの際に撤去されたarflexのA・SOFAと大理石のテーブルを大塚家具にレストアしてもらって置いています。特にテーブルは、再起不能と思われたものが見事に蘇り、その技術には驚かされました。対面には、岡崎にあった鏡台やテレビ、2020年に買ったさくら製作所のワインセラーもあり、時々ソファに横になって、本を読んだり、テレビを見たりしています。夏は涼しいけど、冬は寒いです。

 



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