Theme of Louis:「のびしろ」 by Creepy Nuts(2025年3月)
長女とCreepy Nutsの曲を聞いていた時、「のびしろ」がかかり、妻が“これはLouisの歌だ”と呟きました。
“サボり方とか 甘え方とか 逃げ方とか 言い訳のし方とか やっと覚えて来た 身につけて来た 柔らかい頭”
“もっと覚えたい事が山のようにある…のびしろしか無いわ”
確かにイントロで“ワン”と言っている(ようだ)し、“のびしろしかないワン”と聞こえる(かも知れない)。
Louisはこれまで一緒に暮らしてきたどの犬ともかなり異なり、真っ直ぐで、人間のすることを良く観察していて、自分がやりたい事を追求する犬です。
音楽ナタリーによると、DJ松永が30歳になった時、R-指定が「オジサンだ! キモ!」って言っていたのに、自分も30歳を迎える際、10代からお互いに知ってる2人が三十路を迎える節目に、ポジティブに人間を捉える曲「のびしろ」を作ったようです。
アルバム「Case」において、DJ松永“流れとして、「風来」からいきなり「デジタルタトゥー」に入るのは急すぎるなと。” R-指定“「風来」で「バックレるか」ってテーマを書いたあとに、めちゃめちゃ暗いテーマが来たら起き上がれる?って(笑)。”
でも、岡本家では「のびしろ」はLouisのテーマ曲です。Creepy Nutsの許諾は受けてないけど。
3月17日で、Louisは1歳のお誕生日を迎えました。
“のびしろしかないワン”
Man is mortal part.2(2025年2月)
現在、私の脳内リピート曲は中山美穂が歌う「色・ホワイトブレンド」です。
中山美穂は1985年に放送されたドラマ「毎度おさわがせします」で彗星の如く現れ、同年の初主演ドラマ「夏・体験物語」の主題歌「C」で歌手デビュー、その後も、WANDSとのコラボ「世界中の誰よりきっと」など多くのヒット曲を発表しました。
一気に脚光を浴びたデビュー当時のとまどい、歌手と女優の両立の仕方、多くの人に歌を届けたいという思いなどを語り、“音楽が唯一の救いだった”とかつて中山美穂は吐露していました。
昨年12月6日の突然の訃報の際に、テレビでは1986年中山美穂自身が出演した資生堂の春キャンペーンCMソング「色・ホワイトブレンド」の映像が繰り返し放送されました。(リリース時15歳、キャンペーン時16歳の瑞々しい容姿と歌声はYouTubeで御覧下さい。)
「色・ホワイトブレンド」は、竹内まりやのアルバム「REQUEST」や「Expressions」でのセルフカバーばかり聴いていましたが、中山美穂の「色・ホワイトブレンド」は春の到来を感じさせる名曲です。
Wikipediaによると、“レコーディングの際、竹内まりやは当時まだ小さかった子供を夫の山下達郎に預けてスタジオを訪れ、英語の発音や唄い方などを中山に指導し、コーラスにも参加した”とのことで、歌唱力はまだまだ未熟だったのでしょうが、一生懸命に丁寧に歌っていて好感が持てます。
文学、美術や音楽、演劇などの世界では、表現者が亡くなっても、素晴らしい作品が後世に残ります。
私の母は「細雪」や「海街diary」に出てくるような、美人四姉妹の長女で(笑)、次女(叔母)の御主人が1月10日に亡くなられました。(大学の先輩であり、教授だったので、会う時は敬語で話していました。一応は親戚に当たりますが、ここでも敬語を使用しております。)
叔父の次男により編集された「写真で綴る92年史」は良くできており、読ませていただきました。
物理学か天文学を専攻しようと、京都大学理学部に入学後、医学部に転部されたようです。
卒業後に大学院(病理学)に入学するも、1年で退学し助手に就任、その後渡米しシカゴ大学でチャールズ・ハギンズ教授に師事、岡本耕造教授の指示で一旦帰国、ノーベル医学賞を受賞したばかりのハギンズ教授に准教授として招かれ、再渡米し、薫陶を受けられました。
“発見こそわが仕事”、“血液を手に持つ限り発見のチャンスがある、机に向かっていてはチャンスがない”、“科学と芸術は空想の産物である”、“人間の知力は十九歳から三十五歳までが最高、この期間に発見の喜びを得たら一生続く”などのハギンズ教授の金言を糧に、“彼とは、毎日一対一で研究を語りあった。
私にとり父も同然だった。彼は科学では、常識を越えることの重要さを説き、自然が垣間見せる説明できない現象に疑問を持つことこそ、常識を破る発見の機会であると説いていた。”(残念ながら、発見の喜びは私には無縁でしたが。)
帰国後、京大の旧友である神戸大学医学部の西塚泰美教授(ベルツ賞やガードナー国際賞の受賞者)に請われて神戸大学病理学第二講座教授に就任され、後に医学部長となり、神戸大学学長になった西塚教授と共に大学改革に奮闘されました。
その後、母校である京都大学の病理学第二講座教授に帰任し、伝統ある教室の発展に寄与されました。
退官後は、井村裕夫京大総長に任命され、滋賀県立成人病センター研究所を設立され、所長を務められました。
学生時代は能楽、登山を楽しみ、退官後は三田での農作業に従事し、京都修学院では“猿やイタチが来るので、「猿知恵」と「鼬ごっこ」で防御に苦労している”と記されています。
神戸や京都の教授時代はあまりお話しすることがなかったですが、頭の切れる秀才であり、何より真面目な方でした。(叔母は、“若い頃は、ノーベル賞が取れると思っていた”と言っていました。)
たまたま妻が愛車の2年点検のために京都市のディーラーを訪れた際に、私達がとても頼りにしていた営業の方が2月27日に急逝されたことを知り、帰宅後に私に教えてくれ、ショックを受けました。
営業成績は全国でも指折りで、Stuttgartの本社に表彰・招待されていたようです。容姿も対応もスマートで、些細な疑問にもすぐ対応してくださり、色々な相談にも乗ってくれました。
他のメーカーの車にも詳しく、妻のメルセデスも長男のBMWも彼がうまく下取りに出してくれました。クルマ全般のことについて彼と話すのが楽しみでした。
“Man is mortal”なのですが、特に若くして亡くなった場合は悲しみを強く感じます。
各人がそれぞれの人生において、立派に仕事を果たされ、安らかな眠りについておられますことをお祈りします。
また、御家族の計り知れないご心労がいつか癒される日が来るように願っております。
新春雑感(2025年1月)
Louis君のお陰で、長女が度々家に帰って来てくれます。
お正月は“YouTubeの収益化、特にYouTube Premiumの場合”、“ビールのラガーとエールの違い”、“別れた二人が再会する曲の数々、男女の目線の違い、現在も好きな場合とそうでもない場合”について、一緒に勉強しました。あやふやな知識が、インターネットで簡単に改善されます。
昨年(2024年)のレコード大賞は、Mrs. GREEN APPLEが「ライラック」で、一昨年(2023年)の「ケセラセラ」に次いで、2連覇しました。
Apple Musicのトップ100:日本で、トップ10の過半数はMrs. GREEN APPLEの曲なので妥当な気もしますが、昨年(2024年)は、Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」、一昨年(2023年)はYOASOBIの「アイドル」が取るべきだった、と思う人は多いと思います。
尤も、“1969年から70年代のレコード大賞の黄金期は遠く昔、
ノミネートさえ辞退するアーティストが増え、その権威も失墜し、ありがたみも減った”と私が言うと、長女が“でもMrs. GREEN APPLEの大森元貴も最優秀新人賞のこっちのけんとも受賞して涙流してた”と教えてくれました。知らんかったけど、それは良かった。
Apple Musicの都市別トップ25は興味深いですが、日本では東京、大阪、札幌、福岡、どこも変わりばえしませんし、所謂洋楽はほとんどランクインしていません。
日本における洋楽離れが言われる所以です。(欧州、南米、アジアの各国では、アメリカのヒット曲がそれなりに入っています。)
アメリカのトップ100におけるジャンルでは、Hip-hopとR&Bが首位を占め、Pop musicやRock musicのランクインは減少傾向にあります。
Hip-hopの世界では、90年代に血で血を洗う東西海岸ヒップホップ抗争があったようですが、現在はPlayboi Cartiがロサンゼルスに、Kendrick Lamarがニューヨークにチャートインしています。
大学1回生の時に、西海岸から東海岸までグレーハウンド(バス)で横断した時は、Eaglesの「Hotel California」とBilly Joelの「52nd Street」くらい東西が違う印象がありました。
今年も日展を観に京都市京セラ美術館へ行き、堪能しました。特選の4作品のポストカードを購入しました。
猩猩がオランウータンのことと知りました。因みに、黒猩猩はチンパンジー、大猩猩はゴリラだそうです。
「焼入れの紅蓮(ぐれん)の炎冬紅葉」は赤澤寧生氏の書で、“言葉に出会い、その景色に想いを寄せて、筆と墨、硯、画仙紙で限りない空間を表現する。
書の魅力を全身で感じ、大好きな書に毎日向き合える環境に感謝しながら楽しく筆を走らせました。
運筆の速度や筆圧、墨量などに大胆な変化を効かせて立体的な表現を試みました。
可読性にも配慮して制作しました。”とのことです。美しく、大胆な書だと、私にも思えました。